| 松戸オリエント協会会員 本町自治会会員 小林登志子著
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| はじめに 目次 . 図版 年表 主要参考文献 オリエント関連書籍 | |||||
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松戸オリエント協会会員(日本オリエント学界会員)で松戸本町在住の小林登志子さんの本が先月発売されました。中公新書 『シュメル ─ 人類最古の文明 』 です。 本書は300ページ足らずの、1000円でお釣りのくる「新書版」ですが、膨大な資料をもとにした研究の成果です。しかし、多くの一般読者にも容易に読むことが出来、また豊富な史料・図版が挿入されており、いままであまり目に付かなかった未知の時代へ好奇心を呼び起こし、知る楽しみを満喫させてくれます。 6000年前からあった“はんこ”の文化。ビールの起源、食文化。粘土板を教科書とした学校生活。先生と生徒。お弁当。子供の作文。官吏養成のための詰め込み教育。けっして「目には目を、歯には葉を」ではなかったシュメルの法律・・・・エジプト、ギリシャ以前に存在した「人類最古の文明」への興味は尽きません。ぜひご一読をお薦めします。 (著者のご了解を得て、一部を紹介させていただきます。) |
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| 松戸オリエント協会 |
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は じ め に (本書より転載) シユメルの遺産 2004年のオリンピックは、発祥の地ギリシアの首都アテネ市で開催された。開会式のセレモニーはミノア、ミケーネ文明などの遺物や古代ギリシア彫刻を人間が表現する、さすがに歴史の古いギリシアならではの趣向で、素晴らしい時代絵巻であった。続く、202の国と地域からなる入場行進のなかに、「イラク戦争」 が一応終結したものの銃撃の音が絶えないイラクからの選手団も含まれていた。緑色のブレザーを着た50人ほどの男性が行進したが、目をこらすとその先頭を一人の女性選手が誇らしげに行進していた。 なんと、彼女の頭にはロゼット(中心から花びらが放射状に出る花の文様) の髪飾りが見えるではないか。 |
イラクの人々はイスラムの思想だけではない。この衿持がいつの日か、イラクの真の復興を成し遂げる決意表明に思えた。 知られざる民族シユメル 現代のイラク人も誇りとしているシュメル人は 「謎の民族」 である。シュメル語は日本語と同様に膠着語 (こうちやくご 日本語の「てにをは」のような接辞を持っ言語 ) に属すが、シュメル語に近い古代オリエント世界の言語は確認されず、シュメル人はどこからやって釆たかわからない。しかし、シュメル人は前4000年紀 (前4000〜3001年) 後半にはメソポタミア南部のシュメル地方に登場し、前3000年頃には人類最古の都市文明が開花していた。いいかえると、「古代メソポタア文明」 を生み出したのはシュメル人であった。 シュメル人が活躍した時代は前4000年紀後半から前3000年紀にかけてである。シュメル人の都市国家が互いに覇を競い、やがて統一国家へと発展したが、早くも前2004年頃には相次ぐ異民族の侵入によってシュメル人は歴史の表舞台から退場してしまう。 その後、前2000年以降にメソポタアを支配したのはおおむねセム系の諸民族であって、現在のイラクを支配するアラブ人まで続いている。 「シュメルを知っていますか」 と町行く人に試みに尋ねたら、「知らない」 と多くの人が答えるだろう。 「知っている」 と答えた人も、「では具体的に」 とたたみかけて質問したら、すぐに答えに窮するだろう。シュメルは高等学校の 『世界史』 の教科書に少し顛を出すが、どの教科書でも楔形文字、六十進法、都市国家、潅漑(かんがい)農耕といった語が並べられているだけで、あとは後代の 『ハンムラビ法典』 や新アッシリア世界帝国にページの多くがさかれている。 教科書のシュメルについての記述が少ないのと同様に、シュメルについて書かれた一般向け図書もとても少ない。 一万、同じ古代オリエントでもエジプトとなると、歴史、美術、ヒエログリフ (聖刻文字) などと一般向けの各種図書が出版され、書店によっては 「古代エジプト」 のコーナーが設けられている。 また、古代オリエント文明の展覧会といえば、我が国では 「古代エジプト展」 と相場が決まっている。「黄金のマスク」 「極彩色の棺(ひつぎ)」 「ミイラ」 などは大きくてわかりやすいし、人目を惹くので、大勢の入場者を集めることができる。 だが、あえて誤解を恐れずに発言すれば、エジプト人の残した多くの物は 「死の文化」 に属する物である。戦乱に明け暮れた古代オリエント世界のなかでも、ナイル河流域の閉ざされた世界で、ほかの地域に比較して平和が保てたエジプト人は死後の世界を空想し、絢爛(けんらん)豪華に膨張させた。この特異な空想の世界が現代の日本人を惹きつけているようだ。 翻って、シュメル人の残した物はといえば、「死の文化」 に属する 「ウル王墓」 出土の黄金製品などもあるが、大きい物は少なく、小さなはんこであったり、粘土板に書かれた記録であって、一見して地味で、わかりやすいとはいえない。 だが、この地味で小さなシュメルの遺物は、パソコンのフロッピー・ディスクのように重要な情報を多数含んでいる。周囲が開けていて、その文明成立の最初から異民族と和戦両様で共存せざるをえなかったシュメル社会が作った物や制度の多くは、現実生活に即した普遍的なものであって、その後の文明社会で充分に通用するものであった。 たとえばはんこである。我が日本ははんこ社会であるが、シュメル社会こそ元祖はんこ社会であった。シュメル人が発明したはんこである 「円筒印章」 は当初封印に、後代には契約の場で使われていた。所有者の名前とともにさまざまな様式の面白い図柄が彫られていて、粘土板などの上にころがした。 ときには 「円筒印章」 は紐を付けてぶら下げて、除魔のお守りともなった。我が国でも三文判はともかくとして、「実印」 を作るとなると、開運除魔を願って印材や書体を選ぶのと似ている。 「円筒印章」 はシュメルと交流のあった地方に広く伝わり、メソポタミアでも後代まで長く使われた。 現代社会の原点 シュメル社会は現代社会の原点である。当時すでに文明社会の諸制度がほぼ整備されていた。 政府組織ができると、文字の読み書きができる書記 (役人) が必要になる。書記を養成するために学校が作られ、学校では 「読み書き算数」 だけでなく、さまざまな科目が教えられ、生徒が退屈しないように授業内容が工夫された。元祖 「学園もの」 とでも呼べる学校を舞台とした文学作品も書かれていた。 シュメル人は 「都市に住む文明人」 を自負し、シュメル人の定めた法律はパレスティナ問題や 「イラク戦争」 後のイラクの地で二一世紀になっても繰り返されている 「やられたら、やりかえせ」 式の 「同害復讐(ふくしゅう)法」 ではなかった。 「やられたら」 すなわち傷害事件はお金で賠償できるという現代の欧米や日本のような進歩的な規定であった。 古代エジプトと同様に、閉ざされた島国で、比較的平和が保たれた我が日本も国際社会のなかでは、さまざまな面で特異であると常々いわれている。その特異さは美点とも、民族性ともなり、必ずしも否定されることばかりではない。だが、一方では現代の国際社会の常識、普遍性を熟知することが求められており、その起滞となる古代メソポタミアの歴史には学ぶことが多いはずである。 本書では古代メソポタミア文明のはじまりであるシュメル人の社会を、彼らが残した 「もの」 を通して紹介しながら、シュメル人の歴史をそのはじまりから終わりまでたどって行く。 シュメル人は手紙、帳簿、文学、法律など、実にさまざまな記錬を楔形文字で粘土板に几帳面(きちょうめん)に書いた。シュメル人が残したこの膨大な記録を 「粘土板読み」 と呼ばれる現代の研究者は一生をかけて丹念に読んで、歴史を復元する難しい作業を続けている。本書では、彼ら 「粘土板読み」 の研究成果をもとにして、まだまだ知られていない、しかし現代社会に生きる私たちにとってもきわめて重要なシュメル人たちの文明を紹介してみたい。 |
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| シュメル ── 人類最古の文明. 目 次 | |||
はしがき 三笠宮崇仁 |
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| ※ シュメルの飲食事情 (編者転記挿入) |
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| 序 章 | むかしイラクは・・・・・・・メソポタミアの風土 | ||
| ティグリスとユーフラテスの間で 「洪水伝説」の起源 「両河の賜物」 「銅の河」ユーフラテス ティグリス河と虎 「鯉の洪水」 ベロッソスの伝える「洪水伝説」 『ギルガメシュ抒事詩』と『アトラ(ム)・ハーシス物語』 『大洪水伝説』 「羅針盤」の鳥 救いの神 メソポタミア文明のあけぼの 交通の要衝 メソポタミア文明のはじまり-ウバイド文化期 都市文明の歩み−ウルク文化期 主役はシュメル人 都市国家 『シュメル王朝表』 ラガシュ市 ラガシュ市の王統 アッカド王朝の統一 シュメル人最後の王朝、ウル第三王朝 その後のメソポタミア 「アモリ人の時代」 カッシート王朝以降 「アッシリアの三角形」 新アッシリア帝国の滅亡と新バビロニア王国の勃興 アケメネスペルシャの大統一 ※参考リンク ガンダーラ・スライド(松戸オリエント協会挿入) |
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| 第一章 | 文字はシユメルに始まる 楔形文字の誕生 | ||
| 文字の誕生 シュメル人が語る「文字のはじまり」 記録の必要性から文字が生まれた 謎の粘土製品トークンとブッラ トークンから絵文字へ 絵文字が生まれたウルク市 楔形文字を読む 楔形文字と漢字 『説文解字』 「六書」で分類する楔形文字 表語文字から表音文字そして単音文字へ 書写材料としての粘土板 膨大な数量の史料 コラム 「吉川作」 葦のペン |
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| 第二章 | 「ウルク出土の大杯」 が表す豊餞の風景 努力の賜物 | ||
| 農業の風景 (※シュメルの飲食事情・・・編者転記挿入) 略奪された至宝 お神酒は麦酒(ビール)(p55) 文明人の飲み物 女神が醸造したビール 豊饒の風景 『農夫の教え』 「聖樹」なつめやし 羊の図像 牡牛の角と牝牛の乳 豚もいた(p69) (※シュメルの飲食事情・・・編者挿入) 魚好き(p70)(※シュメルの飲食事情・・・編者転記挿入) 神殿と儀礼 象徴の「葦束」 イナンナ女神 最古の神殿内部 女神か女神官か 元日の行事「聖婚儀礼」 暦 シュメルの恋歌 あるべきものは「豊饒」 コラム なつめやしの使い途 |
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| 第三章 | 元祖「はんこ社会」 目で見るシユメル社会 | ||
| はんこの発明 小さな遺物史料 「はんこ社会」 最古のはんこ、スタンプ印章 封泥 円筒印章の出現 シュメル人のはんこ、円筒印章 開運除魔の護符 印章彫師の技 円筒印章の使い方 はんこは語る 印影図 王が主人公 蜘蛛の図柄 男女交合の図 饗宴図 闘争図 ルガルアンダ王と后妃の印章 メルッハの水牛 「神々の勢揃い」 『エタナ王の神話』 紹介されるグデア王 神となった王 その後の円筒印章 |
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| 第四章 | シユメル版合戦絵巻 都市国家間の戦争 | ||
| 戦争のはじまり 神々の思惑 戦争の記録 ウルのスタンダード 「ウル王墓」の発見 殉死は文明社会の証 「饗宴の場面」 (パソコンを操作するウル市の人々) 戦車は早く走れたか 馬の登場 死骸の塚 弓兵はいなかった? 裸足の兵士 王の務め 王碑文の役割 王の宣伝文 贈り物外交 最古の戦争記録 「エアソナトゥム王の戦勝碑」 「エアソナトゥム王の戦勝碑」 神々の戦争 戦う人々 徴兵の記録 武王エアソナトゥム ウンマ市との長い戦争 ラガシュ市の滅亡 コラム 城壁、城門が描かれた地図 |
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| 第五章 | 「母に子を戻す」 「徳政」と法の起滞 | ||
| 祈る王 祈願者像 流浪のエンメテナ王立像 世界最古の「徳政」 「徳政」 奴隷がいた社会 「母に子を戻す」 ウルイニムギナ王の改革碑文 ウルイニムギナ王の改革 前任者の悪業 改革後の善政 弱者の庇護 最古の「法典」 『ウルナンム「法典」』 「法典の構成」 「やられても、やりかえさない」 『ハンムラビ「法典」』の傷害罪 奴隷の結婚 新妻の災難 神明裁判 夫婦の情景 |
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| 第六章 | 「真の王」 サルゴン 最古の国際社会 | ||
| 異民族の王 アッカド王の面構え いまだに見つからないアッカド市 サルゴンの功業 「真の王」サルゴン 5400人の常備軍 共通語はアッカド語 エブラ市の図書庫 神になった王 「ナラム・シン王の戦勝碑」 民族対立はあったか シュメル人とアッカド人 シュメル版「中華思想」 不仲な隣国 古代版「イラン・イラク戦争」 『アッカド市への呪い』 山の大蛇グティ人 「西戎」アモリ人 |
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| 第七章 | 最古の文学者エンヘドウアンナ王女 読み書きと学校 | ||
| 王女・女神官・詩人 エンヘドウアンナ王女 女神官 最古の文学者 識字率 学校へ通う王 有能なシュルギ王 学校へ通った王 帝王の識字率 学校の生活 学校の「謎々」 世界最古の「謎々」 元祖 「学園もの」 『学校時代』 弁当のパン 「署名目録と」シュメルの文学作品 詰め込み教育 読み書き算数 教材『猿の手紙』 猿の貢物 |
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| 第八章 | 紹介する神神々の世界 | ||
| 個人の神 「グデア王の碑」 「ミスター・シュメル」グデア ルーブル宮殿が終の住処 「紹介の場面」 個人神 「彼の神はシュルウトゥル神」 現世利益の神 ギルガメシュ神 さまざまな合成獣 蛇神ニンギシュジダ 「異形のもの」 出世した竜、ムシュフシュ 冥界 霊鳥アンズー 霊鳥から怪鳥へ 最高神の交替 都市神ニンギルス神 神意をうかがう占い 残っていない神像 ニンギルス神の姿 シュメルの神々の王 エンキ神と女神たち 神々の会議 |
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| 第九章 | 「バベルの塔」 を修復する王 統一国家形成と滅亡 | ||
| ウル第三王朝とジグラト ウルナンム王 ウル第三王朝の支配 「ウルナンム王の碑」 工事道具を担ぐ王 カネフォロス 「年名」 「バベルの塔」 一つの言葉 シュメルの滅亡 シュメル版「万里の長城」 傲慢な手紙 イッビ・シン王の返書 『ウル市滅亡哀歌』 エラムのジグラド |
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| 終 章 | ペンを携帯した王 シユメル文化の稚承 | ||
| シュメル人はどこへ行ったか アッシュル・バニパル王のライオン狩 自慢の葦ペン 「アッシュル・バニパル王の図書館」 なぜ読むか あとがき |
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| 図版提供・出典一覧 引要参考文献 索引 |
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| * | 口絵の襖形文字はキエンギ(シュメル)を表す | ||
| (本文五ページ参照) | |||
| * | 口絵デザイン・中央公論新社デザイン室 | ||
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| ・ 図版 (※挿入図に着色 〔松戸オリエント協会〕) ![]() |
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| シュメルの場所の資料 (松戸オリエント協会挿入) |
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| ・ 本書関連年表 |
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| 年 代 | 事 項 (※ 吉川弘文館世界史年表により編者挿入) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| (紀元前) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 8000 |
新石器時代 農耕開始 最古のトークン |
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| 7000 | 後半 最古のスタンプ印章 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 6000 | ハッスーナ文化期 (−5000) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 5000 | ウパイド文化期 (−3500) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 日本縄文前期文化 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 3500 | ウルク文化期 (−3100) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 3200 | ウルク古拙文書出土 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 3100 | ジ工ムデト・ナスル期 (−2900) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 3000 | ナルメル王のエジプト統一 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 日本縄文中期文化 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 2900 | 初期王朝時代 (−2335) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 2800 | ウル古拙文書 (−2600) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2750 | メバラシの王碑文 (キシュ市) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2600 | ウル王墓 ファラ文書 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2500 | メスアンネパダ王 (ウル市) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ウルナンシェ王朝 (ラガシュ市) 成立 エアソナトゥム王 (ラガシュ市) シュメル語楔形文字の文字体系整備 エブラ市、マリ市繁栄 |
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| 2400 | エンメテナ王 (ラガシュ市) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| エンシャクシュアンナ王 (ウルク市) ルガルザゲシ王 (ウンマ、ウルク市)が ラガシュ へ侵攻 |
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| 2334 |
アッカド王朝時代 (−2154) サルゴン王がルガルザゲシを破りシュメル・アッカドを統一 |
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| 2200 |
グティ人の侵入 グデア王 (ラガシュ市) |
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| 2120 | ウトゥヘガル王 が グティ人を撃退 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 2112 |
ウル第三王朝時代 (−2004) ウルナンム王の統一 |
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| 2025 | ラルサ王朝 (−1763) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2017 | イシン第一王朝 (−1794) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| イシュビ・エラ王 (2017−1985) イティン.タガン王 (1974−1954) リピト・イシュクル王 (1934−1924) |
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| 2004 | ウル第三王朝、エラムの侵入で滅亡 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2000 | 古アッシリア (−1600) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ マリ遺跡に学校らしき遺跡 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1894 | バビロン第一王朝時代 (−1595) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ハンムラビ王 (1792−1750) 『ハンムラビ 「法典」』 |
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| 1595 | ヒツタイト古王国の急襲でバビロン第一王朝滅亡 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1500 |
カツシート王朝 (−1155) この頃成立 この頃中期アッシリア (−1000) |
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| 1400 | アマルナ時代 (−1340) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 殷王朝 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1200 |
「海の民」 の侵攻、ウガリト滅亡 エラムのバビロニア侵攻 |
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| ※ 1230 モーゼエジプト脱出 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1157 | イシン第二王朝 (−1026) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1155 | カツシート王朝、エラムの侵入で滅亡 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 1027 殷王朝滅ぶ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1000 |
新アッシリア帝国時代 (−609) シャルマネセル三世 (858−824) アッシェル・バニパル王 (668−627) |
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| ※ 日本縄文晩期文化 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0800 | この頃ギリンア、ポリス社会成立 (−400) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0776 | ギリシア、第一回オリンピック | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 753 ローマ建国 (伝承による) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0625 | 新バビロニア時代 (−539) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ナボポラッサル (625−605) ネブカドネザル二世 (604−562) ナボニドス (555−539) |
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| 0612 | ニネヴエ市陥落 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0609 | 新アッシリア帝国滅亡 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0594 | ギリシア、ソロンの改革 「重荷おろし」 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0550 |
アケメネス朝ペルシア時代 (−330) キュロス二世 (559−530) |
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| 0539 | キュロス二世バビロン入城 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ※ 495〜465 越王勾踐 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0480 | へロドトス (−420) 『歴史』 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0331 | アレクサンドロス大王 (三世、前336−323) バビロン入城 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 0330 | アケメネス朝ペルシア滅亡 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 前2000年紀まではおおよその年数を示す 王名のあとの ( ) 内は治世年を示す・・・ |
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| もどる | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| bunken | |
| 主要参考文献 (洋書は省略) | |
阿辻哲次 |
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| 『漢字道楽』(講談社選書メチエ)講談社、2001 | |
| アル・ファーデイ、A、杉勇訳 | |
| 「シュメールの学校教育」『オリエント』第18巻第2号(1975) | |
| 石田恵子編著 | |
| 『印章の世界展血古代オリエント美術と歴史の語り部』古代オリエント博物館、1991 | |
| 市古笛三 | |
| 『中国の近代』(世界の歴史20)(河出文庫)河出書房新社、1990 | |
| ウォーカー、C・B・F、大城光正訳 | |
| 『楔形文字』(大英博物館双書)学芸書林、1995 | |
| 宇野哲人 | |
| 『論語新釈』(講談社学術文庫)講談社、1980 | |
| ウーリー、L/モーレー、P・R・S、森岡妙子訳 | |
| 『カルデア人のウル』みすず書房、1986 | |
| 江上波夫 | |
| 『聖書伝説と粘土板文明』(沈黙の世界史1)新潮社、1970 | |
| 江上波夫他 | |
| 『発掘と解読』(古代文明の謎と発見7)毎日新聞社、1977 | |
| 江上波夫監修、常木晃・松本健縞 | |
| 『文明の原点を探る−新石器時代の西アジア』同成社、1995 | |
| 大江節子 | |
| 「ウル第三王朝時代の賠姻について」『ラフイダーン』第Z号(1986) | |
| 大昔良夫他 | |
| 『人類の起原と古代オリエント』(世界の歴史1)中央公論社、1998 | |
| 岡田明子・ | |
| ・「ウルク出土のアラバスター製大容器に関する問題点」『史観』第97冊 (1977) ・「ウルク・エアンナ・クルラブについて」『日本オリエント学会創立三十周年 記念オリエント学論集』刀水書房、1984 |
|
| 小野山節・ | |
| ・「Mesopotamiaにおける帝王陵の成立」『西南アジア研究』第8号(1962) ・「Ur『王墓』の被葬者は王か、聖なる結婿の主演着か」『西南アジア研究』 第10号(1963) |
|
| 加茂儀一 | |
| 『家畜文化史』法政大学出版局、1973菊池徴夫編『文字の考古学T』(世界の考古学21)同成社、2003 | |
| 木棺重信他 | |
| 『実の誕生巾先史・古代T』(名画への族1)講談社、1994 | |
| クラットン=ブロック、J、桜井清彦監訳・清水雄次郎訳 | |
| 『図説馬と人の文化史』東洋書林、1997 | |
| クレマー、N、佐藤輝夫・植田重雄訳 | |
| 『歴史はスメールに始まる』新潮社、1959 | |
| クレーマー、S・N、久我行子訳 | |
| 『シュメールの世界に生きて{ある学者の自叙伝』岩波書店、1989 | |
| クレーマー、S・N、小川英雄・森雅子訳 | |
| 『聖賠仙古代シュメールの信仰・神話・儀礼』新地書房、1989 | |
| クレンゲル、H、江上波夫・五味亨訳 | |
| 『古代オリエント商人の世界』山川出版社、1983 | |
| クレンゲル、H、五味享訳 | |
| 『古代シリアの歴史と文化一東西文化のかけ橋』六興出版、1991 | |
| 小林登志子・ | |
| ・「エアソナトゥム、Galet Aに見られるLUM−maについて」『オリエント』 第23巻第2号(1981) ・「dlugaトさ一md喜雑纂」『オリエント』第24巻2号(1981) ・「Entemena像への供物の意味」『オリエント』第26巻第1号(1983) ・「エンエンクルジのkトa−nag」『オリエント』第28巻第1号(1985) ・「エナソナトゥムー世の銘文が刻まれた釘人形に関する一考察」 『日本オリエント学会創立三十五周年記念オリエント学論集』刀水書房、 1990 ・「グデアの『個人の守護神』ニンアズ〜ラガンュ王碑文に見られる支配者 達の守差神像の鮭続佐について」『木崎良平先生古稀記念論文集・ 世界史説苑』木崎良平先生古稀記念論文集縞集委員会、1994 ・「『グデアの碑』について2巾『杖を持つ神』」『古代オリエント博物館紀要』 第23巻(2003) ・「『グデアの碑』について1−『椅子に座った大神』」『三笠宮殿下米寿 記念論集』刀水書房、2004 |
|
| コロン、D、久我行子訳 | |
| 『円筒印章仙台代西アジアの生活と文明』東京美術、1996 | |
| 沢柳大五郎 | |
| 『ギリシァの美術』(岩波新書)岩波書店、1964 | |
| シュマンーベセラ、D、矢島文夫訳 | |
| 「文字誕生以前の記録」『日経サイエンス』1978年8月号。 | |
| 杉 勇 | |
| 『楔形文字入門』(中公新書)中央公論社、1968 | |
| 杉 勇他訳 | |
| 『古代オリエント集』(筑摩世界文学大系1)筑摩書房、1978 | |
| 月本昭男訳 | |
| 『ギルガメシュ叙事詩』岩波書店、1996 | |
| 中田一郎訳 | |
| 『ハンムラビ「法典」』(古代オリエント資料集成1)リトン、1999 | |
| 中原与茂九郎 | |
| 「シュメールの宗教的政治思想の一面仙エンリル神およびニップールとシュメール王権の特殊性」『立命館文学』第246号(1965) | |
| 日本オリエント学会監修 | |
| 『メソポタミアの世界』上(古代オリエント史)日本放送協会学園、1988 | |
| 日本オリエント学会編 | |
| 『古代オリエント事典』岩波書店、2004 | |
| パロ、A他、青柳瑞穂他訳 | |
| 『シュメール』(人類の美術)新潮社、1965 | |
| パロ、A他、小野山節他訳 | |
| 『アッシリア』(人類の美術)新潮社、1965 | |
| ビェンコウスキ、P/ミラード、A編著、池田裕・山田重郎監訳 | |
| 『大英博物館版・図説古代オリエント事典』東洋書林、2004 | |
| 平山郁夫監修、ジョージ、D他著 | |
| 『イラク・秘宝と遺跡』(DVDブック)講談社、2004 | |
| フイネガン、J、三豊宮崇仁訳 | |
| 『考古学から見た古代オリエント史』岩波書店、1983 | |
| フランクフオート、H、山室静他訳 | |
| 『哲学以前一古代オリエントの神話と思想』社会思想社、1971 | |
| 藤井純夫・ | |
| ・『ムギとヒツジの考古学』(世界の考古学16)同成社、2001 ・「ギルス出土『禿鷲の碑』の図像解釈一初期王朝時代後半における 密集方陣の編成について」『美術史における「アルケオロジー」の諸相』 (1999) |
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| ブルクルコス、村川堅太郎編 | |
| 『ブルクルコス英雄伝』下(ちくま文庫)筑摩書房、1987 | |
| へロドトス、松平千秋訳 | |
| 『歴史』上(岩波文庫)岩波書店、1971 | |
| 前川和也・ | |
| ・「エンエンタルジ・ル}ガルアンダ・ウルカギナー初期王朝期末ラガンュ 都市国家の研究・序説」『人文学報』36(1973) ・「古代シュメールにおける家畜去勢と人間去勢」『前近代における都市と 社会層』京都大学人文科学研究所、1980 ・「古代シュメール農業の技術と生産力」『生活の技術 生産の技術』 (シリーズ世界史への問い2)岩波書店、1990 ・「初期メソポタミアの手紙と行政命令文」『コミュニケーションの社会史』 (京都大学人文科学研究所報告)ミネルヴァ書房、2001 ・「シュメール都市国家時代の密集隊と武器−『禿鷹の碑』と粘土板記録」 『オリエント』第46巻第2号(2003) |
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| 前田 徹・ | |
| ・「『シュメールの王名表』について」『オリエント』第25巻第2号(1982) ・「シュメール都市国家ラガシュとウルの対立抗争」『史観』107冊(1984) ・「シュメールの奴隷」『北大史学』第35号(1995) ・『都市国家の誕生』(世界史リプレット1)山川出版社、1996 ・「シュメール人の思考の一断面」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』 第46輯第4分冊(2001) ・『メソポタミアの王・神・世界観−シュメール人の王権観』山川出版社、 2003 ・「シュメール語文字史料から見た動物」『西アジア考古学』第4号(2003) |
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| 松島英子 | |
| 『メソポタミアの神像一偶像と神殿祭儀』(角川叢書17)角川書店、2001 | |
| 松村一男他編 | |
| 『太陽神の研究』下巻(宗教史学論叢8)リトン、2003 | |
| 三笠宮崇仁編 | |
| 『古代オリエントの生活』(生活の世界歴史1)(河出文庫)河出書房新社、1991 | |
| 三笠宮崇仁監修、岡田明子・小林登志子著 | |
| 『古代メソポタミアの神々一世界最古の王と神の饗宴』集英社、2000 | |
| 三笠宮崇仁 | |
| 『文明のあけぼの叫古代オリエントの世界』集英社、2002 | |
| 矢島文夫訳・ | |
| ・『ギルガメシュ叙事詩』山本書店、1965 ・『ギルガメシュ叙事詩』(ちくま学芸文庫)筑摩書房、1998 |
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| 矢島文夫 | |
| 『解読古代文字』(ちくま学芸文庫)筑摩書房、1999 | |
| 山口昌男 | |
| 『道化の民俗学』(ちくま学芸文庫)筑摩書房、1993 | |
| 吉川 守・ | |
| ・「文字の発明」『オリエント・地中海世界T』(世界歴史2)人文書院、1966 ・『Neo−Babylonian GrammaticalTextsに於ける文法術の研究』 (広島大学文学部紀要特輯号3)1974 ・「シュメール史料に見る食文化〜パンを中心に」『古代中近東の食の 歴史をめぐって』中近東文化センター、1994 |
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| 吉川 守他責任編集 | |
| 『メソポタミア・文明の誕生』(NHK大英博物館1)日本放送出版協会、1990 | |
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| shiryo | |
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| 「シュメル」についての資料 | |
| ※松戸オリエント協会挿入 | |
| 『世界史年表・地図』 |
〔編〕亀井高孝・三上次男・林健太郎・掘込庸三 吉川弘文館 1968年2月 |
2 「先史時代の世界の遺跡の分布」より ![]() |
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