| 例会の御案内 | ||
| 松戸オリエント協会 会員の皆様へ 過日の石田尚豊先生の講演には、多くの会員の皆様の御参加を頂き、まことにありがとうございました。本年年末、皆様お忙しい頃とは存じますが、下記により例会を開催することになりました。
(杉山先生、石田先生とご一緒に忘年会も兼ねて行います。)
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| 記 |
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| 日 時 | 12月21日(木) 午後6時 |
| 場 所 | 松戸 関宿屋 047−361−0234 |
演 題 |
「イスラエル・パレスティナ 和平交渉会談のゆくえ イェルサレム旧市街を中心に」 (スライドによる解説) |
| 講演者 | 高橋正男先生 獨協大学外国部学部教授 |
| 参加費 | 講演後の忘年会費共 5,000円 |
| 松戸オリエント協会 会長 小倉 孝 事務局 362−3716 Fax 368−8008 Eメール orient@intership.ne.jp |
| 講演資料 2000年12月21日(木) 松戸オリエント協会セミナー 「イスラエル・パレスティナ和平交渉・会談のゆくえ −スライド使用−」 |
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| 高 橋 正 男 (獨協大学) |
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| はじめに | |||
| T.シオニズム(ツィオニズム)運動の発端からイスラエル建国まで | |||
| U.建国(独立)から湾岸戦争(1991年)まで | |||
| V.マドリード中東和平全体会議(1991年10月30日−11月1日)以後 |
| 1) | マドリード中東和平全体会議 | ||
| ・ | パレスティナ、ヨルダン、シリア、レバノン/イスラエル:二国間交渉 | ||
| ・ |
上記交渉を促進させるための中東地域の軍備管理、難民、経済開発、環境、水資源の5分野について、欧米、日本、中東諸国が参加、実務協議を続行:多国間交渉 | ||
| 2) | イスラエル・パレスティナ交渉 | ||
| 1993年9月 | オスロ合意(暫定自治に関する原則宣言) | ||||||||||
| @ | イスラエルとPLO(パレスティナ開放機構)との相互承認 | ||||||||||
| A |
パレスティナ人、ヨルダン川西岸、ガザ地区で5年間の暫定自治を実施、同地の最終的地位については、上記暫定自治期間中に行われる予定の両者との最終地位交渉で決定する | ||||||||||
| 1994年 5月 | ガザ、イェリコ先行自治協定(カイロ協定)/暫定自治開始 | ||||||||||
| 1998年10月 | 暫定追加撤兵協定(ワイ・リヴァー合意) | ||||||||||
| 1995年 9月 | 拡大自治合意(オスロ合意U) | ||||||||||
| 1999年 9月 |
シナイ半島南端シェルム・エル・シェイクで合意 :交渉期限設定(2000年9月13日までに移行) |
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| ただし、@ | 領土画定問題 | ||||||||||
| A | イェルサレム帰属問題 | ||||||||||
| B | 難民帰還問題 | ||||||||||
| C |
入植地問題については1999年春から交渉が開始されたが進展なし | ||||||||||
| 2000年 7月11−24日 | |||||||||||
| ワシントン近郊のアメリカ大統領山荘キャンプ・デーヴィッドで両首脳直接交渉 交渉:最終的にパレスティナ国家樹立を前提に |
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| @ |
イスラエル側はパレスティナ難民の帰還を受け入れないが、人道的立場から一部難民の入国を認める、 | ||||||||||
| A |
ヨルダン川西岸の約90%をパレスティナ側に移譲するなどが合意。 しかしイェルサレム主権問題で対立、交渉打ち切り |
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| 2000年 9月28日 | |||||||||||
| イスラエル右派政党リクードのシャロン党首ら神殿の丘を訪問・ イェルサレム旧市街/自治区でパレスティナ住民、同治安部隊とイスラエル治安部隊との衝突(和平プロセス崩壊) |
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| 2000年10月17日−18日 | |||||||||||
| シャルム・エル・シェイクで首脳会談:武力衝突の停止、アメリカと国連協議による事実解明委員会の設置、和平交渉再会にむけたアメリカによる仲介などが合意 | |||||||||||
| W. | イェルサレム旧市街 | ||||||||||
| 旧市街城壁 |
16世紀前半、オスマン帝国によって再築造 8つの城門 現在は7つ開門 |
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| 5つの地区 | 神殿の丘(南東)、ユダヤ人居住地区(西壁の西)、 | ||||||||||
| キリスト教徒アルメニア人(アルメニア正教)居住地区(南西)、キリスト教徒居住地区(北西)、ムスリム居住地区(北東) | |||||||||||
| 城壁の一辺の長さ | |||||||||||
| 800〜1000m 全長4q弱 高さ平均12m 厚さ2.5m | |||||||||||
| 城内の広さ | 0.87ku 約1/3は第二神殿時代(前6世紀〜後70年)後期 | ||||||||||
| 神殿の丘の外壁 | |||||||||||
| 南面280m 北面370m 東面473m 西面666m 面積は旧市街の約1/6、14ha |
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| 巨大な石壁 | ユダヤ王ヘロデ(在位・前37〜4)が神域を拡張した折に築造 | ||||||||||
| 神殿の丘 | 第一神殿、第二神殿跡:岩のドーム(691年) | ||||||||||
| アル−アクサー・モスク(715年)を建立 | |||||||||||
| 西 壁 | 西壁最下層の石組み ヘロデ時代 | ||||||||||
| 幅4〜5m 高さ1〜1.2m | |||||||||||
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| むすび | |||||||||||
| 和平交渉のゆくえ 参考図 |
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![]() 図説 聖地イェルサレム 高橋正男=文 石黒健治=写真 □ □ は松戸オリエント協会 |
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