大学教授と町の若い衆との対談 四神との出会い

松戸神社神輿倉から、剥げた、奇妙な動物の木像が出現し、それが松戸神社の「幻の四神」(松戸神社)と判明したのち、いろいろとお尋ねをした頃から、先生と町の若い衆との出会いが始まりました。そして、しばしば先生にお越しいただき、大学教授と店屋の親父・若い衆との妙なサロンが生まれました。それがのちの、松戸オリエント協会ヘと繋がったような気がします。.
日本人と規則 四  神
チュートン文化 日 本 人
鉄の文化 ベルリンの壁
ド イ ツ ドイツ人とユダヤ人
アーリア人 教育について
アングロサクソンとラテン 先進国と後進国
都市と市民 今後の問題

平成元年11月2日  第五回例会*
日本人と規則


【生徒】
日本は明治維新の時、フランス法律を作ってもらったという話を聞きましたが、その国の慣習となる法律を外国に作ってもらう、などという事にかえって外国がびっくりしたらしい、というのを読んだんのですが・・・

【先生】
今のパソコンのソフトについてもまったく同じ考え方でいるんです。面白いのは条文化はするんだが、その条文を遵法することについては日本はフランス社会よりずっと「いいかげん」になれるんだ。

【生徒】
その「いいかげんさ」がいいという気持ちと同時に、何かおかしいなと思うんですが・・

【先生】
それが大正、昭和、戦前における法解釈という中で、エスカレートしていってしまったんだ。
それが第二次大戦に入って行く一つの原因にもなったんです。
治安維持法についても法廷で戦ったんですよ。左翼、共産党の連中は・・・

しかし、法解釈をどんどん拡大解釈していってしまった。これが日本です。
法解釈の問題でも外国は戦えるんです。
日本はどんどん拡大解釈してしまって、最後は統帥権という問題になって、大元帥陛下にまでくっつけてしまった。

それではいけないんです。
ところが戦後もまったく同じことをやっている。

今度は左の言っていることを拡大解釈していって教育などにっちもさっちもいかなくなっている。
日教組の言っていることなども、昔の軍部の言っていることとずいぶん似ているね、と思いますよ。
拡大解釈を続けていると、また同じになって日本はだめになっちゃうよ。
一回火傷をしたら、二度同じ火傷をしないようにする というのが日本にはないんです。何回でも火傷をするんです。

むこうはどうかというと、その傷をやたらといじくる奴がいる。
日本はいじくる奴がいないから、何にもしなくても直ってしまうんだな。そうするとまたやるんだ。
文化論としてそう感じています。
だから日本には法解釈として遵法しようという気がない。市民のなかでもおなじです。

「ここには自転車をおいてはいけません」と書いてあっても平気でおいている。これは法律を守ることの出来ない市民なんだ。
外国では電車の中でも規則を逸脱するものは、引きずりおろす。乗せないんだ。
しかし日本ではそういうことはないだろう。金を払えば・・などという。

だからここに出てくる問題は(江藤淳 『閉ざされた言語空間』)日本のそうした事情をアメリカが逆手にとって、また日本が見事にひっかっかってしまったということを江藤淳が書いているんです。
徳富芦花の名講演も初期の芦花全集にはあるんだが、その後は消されてしまった。

【生徒】
ヨーロッパ社会は、なにがなんでもキリスト教で、石にかじり付いてもそれをまもる、というところからきているとそうですが・・・

【先生】
日本では、お祭なんかでも、神様の都合より人間様の都合でいっているんだから、それじゃだめだよ。そのへんもおかしいよ。

*
チュートン文化

ところで、ヨーロッパ文化と日本との関連について言うと、ゲルマンの大移動の時、北に行ったものの一部がスウェーデン・ノルウェーからおりてきて、ヴァイキングになった。
あれはチュートンと言うんだが、それがバルト海を通って、ドーバーを通ってイギリスに入る。これをチュートン文化といいます。

オランダがその文化で一番はっきりしているところです。
イギリスもチュウトンです。だからイギリスのところにはあるときにローマ・ブリテンといって、ローマの軍が植民地化した。だからほんとうの純粋チュートンのものではなくて、ラテン系になっちゃった。

しかし言語構造からいうと、英語というのはドイツ語に近い。
オランダも低地ドイツ語なんです。ドイツ語と英語がミックスしている。
文化系統でいうと北はチュートン。

我々がなぜ英語を中学から学んでいるかということも、日本文化のなかの外国からの摂取を、ラテンを切ってチュートンを選んでる。
ゲルマンに非常に近くなっていってしまう。その経緯が面白い。

ジェスイットが入ってくる16世紀に、日本にラテン文化が入ってくるんです。ジェスイットとして・・・これは純粋ラテンです。
ところが家康のころからそろそろ、イギリス人を可愛がる。三浦安針なんか。 日本人が感覚的にそれに近いんだ。ラテン系というとなんか違う感じで・・・
そうしてそのラテン系を切るのが、「寛永の鎖国」なんです。
そして長崎にオランダだけを入れた。チュートンだ。

その後明治維新前後になってから、幕府はフランスをいれた。だから当時はフランス語とイギリス語でドイツ語はずっとあとなんです。
幕府の軍制は全部フランス語で、一部はオランダからいれたんです。

ところが薩長は、特に薩摩はイギリスをいれた。
そして大政奉還になって、フランスからいきなりドイツに変えてしまった。
それはそのころ丁度プロシャが君臨しはじめて、名もなかったプロシャがフランスを破ったころ、伊藤博文達が使節で行って、これからはこれを学ばなければいけない、ということになって、軍制からなにまでみな変えてしまった。
法律も仏法から獨法に替えてしまった

だから本当は日本人はもっとラテンの文化を大事にしてもいいよ、と思っているんです。
ラテンのイタリアはいいかげんだというが、俺達日本人に合ってるんだ。こっちもいいかげんなんだから・・・・・

文化国家といったら本来はラテンなんだ。英語など止めてフランス語にするのもいいんです。フランス語というのは覚えたら本当に簡単です。わたしは英語はぜんぜんだめなんだ。

*

鉄の文化

【生徒】
私はドイツの道具がすきですね。

【先生】
それはどういうことかというと戦車、馬と馬車の文化、要するに鉄の文化なんです。
鉄の発生はヒッタイトといわれているが、その鉄をアーリア系の連中が最も機能化し、どんどん応用化して行った。
近世でも、今の東欧とラテンの間あたりにおいては生産力というのはあまりないんです。原料も・・・・
だから、いかに工業化のなかで強靭なものと作り上げ、売りだしていくかを考えた。

その一つはスイスの時計
スイスがメカの世界のなかで活性化することを考えた。

武器はチェコ
日支事変の時の鉄かぶともチェコ。これは強靭なものだった。

ドイツは産業革命のあおりをくったとき、ザール地方の鉄産業を活性化してもう一度なんとかしようということが、自動車産業となっていった。
光学、カメラもそうだ。レンズだけでなくボディーがいいんだ。壊れない。
僕なんかもローライフレックスを持って遺跡に入ったときなんかも、日本の物は三ヶ月で動かなくなってしまったが、ドイツのものは砂漠のなかでどんなことをやっても平気だ。アクセサリーなんかは日本のほうがいいんだが、機能としては文句のつけどころがない。ドイツの機械のすごさを感じたね。

フォルクス・ワーゲンにしても「動く箱」としては完璧だ。水に入っても浮かんでいる。
日本のものはそれの他にフィーリング、などということで肝心のところは抜けちゃうんだ。

【生徒】
でも日本のもののほうが人気があるんでしょう。

【先生】
それが、アメリカで車について言えば、おやじさんはアメリカのものを使う。ところが奥さん子供については、機能よりフィーリングを楽しむ。レジャーなんだ。
今の日本の車産業について言えば、レジャー産業に適した車種であったりする。
だから彼等に言わせると、「日本製は使い捨て」なんだ。親父さん達はちゃんとしたものを持っている。その差なんです。

またアメリカについて言えば、日本は戦争でみな焼けちゃった。アメリカはそうでなかったからなにか生かして使うことを考えなけりゃならない。だから小型車を作ろうと思っても日本の小型車の倍のコストがかかってしまう。
はじめは日本人の働きすぎのせいにしていたが、それが段々通用しなくなっていってしまった。

また、今は本当に必要なものでなく、もののあり余った時代のなかで、レジャー産業的な性格になってしまった。ビデオ、テレビなどについても、どうせこれはお遊びだよ、という「イミテーション文化」になってる。世界中が・・・・
昔は本物志向だった。カメラだったらライカ、ローライ、ハッセルでなけりゃ、プロは使えない。ところが今は、プロとアマのちがいがあらゆる点でなくなってしまっているから、なんでもいいんだ。

*
ド イ ツ

【生徒】
でも今ドイツが変わりつつありますが、どんなふうに変わっていくんでしょうか。

【先生】
東ドイツの存在の意味がなくなって来るね。統一の可能性もあるがそれをいちばん怖れているのがフランスであり、バルカンであり、イギリスなども怖がっているんじゃないかな。とにかく何をするかわからない。
日本などは金玉ぬかれた家畜みたいなもんだが・・・

ミュンヘンに行ったときも彼等が言うんだ。
「第二次大戦もイタ公なんかと組んだから負けちゃったんだ。今度は日本とドイツで世界を征服しよう。戦争なんかボクシングみたいなもんだ。一度ぐらいアッパーを喰らって、カウントテンくらってもいつまでも長々と寝ている馬鹿はないじゃないか。立ち上がって今度こっちで一発やればおつりがくるよ」なんて・・・恐ろしいよ。あいつらは・・・・
それがいいとは言わないけれど、それくらいの不屈の精神があってもいいね。ようするに生き生きしている。
イスラエルに行ったときもイスラエルの青年達が銃を持っているんだが、彼等の目の生き生きしていること。

【生徒】
日本人とドイツ人の似ているという点はなんですか。

【先生】
ある方向を与えられると、それに突っ走るということかな

【生徒】
土産物屋に勤めているときに感じたんですが、一人が買うとみな同じものを買うんです。団体行動をとるんです。ドイツ人は。

【先生】
日本人と似てるんだよ。それをフランス人が軽蔑して「ドイツ人は田舎もんだ」と・・・・・・
言葉の上でも、英語は海賊の言葉。ドイツ語は馬の鳴き声。フランス語は神の声、というんだ。
ほんとに田舎もんと思ってるんだ。

【生徒】
ドイツの「国家」に相対する言葉がイギリスにはない、ということを聞きました。「祖国」に匹敵する言葉も、イギリスにはないそうです。イギリスではエンパイア、ガバメントとのことですが。

【先生】
ガバメントとかステイツなんだが、ステイツはドイツでは「シュタット」と言うが、シュタットというのは本来「都市」なんです。
「都市国家」がシュタットです。第一次大戦で負け、第二次大戦でもやられたが、またやるぞ。統一したら何をやるかわからない。
それを心配しているんだ。

*
アーリア人

【生徒】
ドイツ人が、国境もないようなヨーロッパのなかでドイツ民族という自意識を特に持っているように思っているんですが、その理由は一体なんでしょうか。

【先生】
ゲルマン民族はアーリア人なんですね。
アーリア人というのは南ロシア、コーカサス地方にいたんですが、アーリアンという言葉には「優れたるもの」という意味があるんです。それがちらばっていった。

ひとつはギリシャにはいった。ギリシャ人はアーリア人なんです。

もうひとつはイラン高原にいきました。これがペルシャ帝国をつくった。

もうひとつはインダス文明をつぶしてインド人になった。
だからサンスクリットとギリシャ語と中世のパフラビという言葉は全部グランマーが同じなんです。

そのようにアーリア人が南下していったんです。そしてもののないところでは商業活動などで活性化していった。そして、そうでないところでは収奪することによって活性化していった。これがペルシャ帝国です。

インドにおいてはガンジス川という肥沃な環境にのっかって食うことを考えていった。そのなかの一部分が、西へ流れていった。バルカン半島をぬけてね。
だからバルカン半島というのが第一時世界大戦の時の火種になったということは、いったい何だったのか、ということなんです。バルカン半島のブルガリアを経過して上へあがっていったのがドイツなんです。

なぜヒトラーがハーケンクロイツ、かぎ十字をつくったかというと、あれはアーリア人のシンボルなんです。
元来丸に馬と車をかいたのです。馬車の車輪なんです。それをいっぽうに曲げたんだ。
仏教と反対にむいているんですが、釈迦も元来アーリア系だったからなんです。そこでヒトラーはハーケンクロイツを顕在化して、我々は「もっとも優れた民族・アーリア系の後嬰」であるということを表したんです。

【生徒】
それがドイツ人の自信満々の源だったんですね。

【先生】
そうなんです。
われわれは、かつての優秀なギリシャ人の肉体と、インドの深遠なる思想と、ペルシャの力とを持っている。
マインカンプを読むとインドまではアーリア系で、当然われわれが所得するべき領土で、最後に対決するのは日本であると書いてあるんです。
そしてその周囲にはラテン系民族が地中海諸国にいっぱいいます。ローマがあります。
ローマ文化はギリシャ文化の後嬰ではなくて、ラテン民族ローマの文化なんです
アーリア民族の文化ではないんです。それからフランスも・・・・・

【生徒】
ベルリンの壁は結局なくならないわけですか。

【先生】
早晩取り払われますよ。いま東の壁はあってないようなもんです。むかし僕等が行った時は、朝入って夕方戻るんです。
そのころ東ベルリンにエジプトの資料を見にいってきたんですが、西ベルリンに入ってみると、まったくちがう。
早晩いろいろな問題を起こすな、とは思っていました。格差がひどすぎるんだな。東ベルリンの人は逃げたいんだよ。

【生徒】
東ベルリンで売っているテレビが西の様子を映しているとかききましたが・・ 韓国と朝鮮とはぜんぜんちがうんですね。

【先生】
朝鮮の場合とは民族的にいってぜんぜん違うんだ。
北朝鮮はツングース系です。言葉も若干違う。
わたしも北朝鮮の言葉をつかったら韓国へ入ったらお使いにならないほうがいい、なんて言われたことがある。三十八度線で割ったということも、戦略的な意味で偶然のようだが、民族的意味においてちょうどいいところになっている。
高句里と新羅、百済です。

*
アングロサクソンとラテン

【生徒】
ところで、ドイツ人はアングロサクソンを馬鹿にしていた。彼等には文明はあるが、文化はない、なんて言ってたと聞きますが・・またラテン系のフランス人などは、国という意識があまりないように見えますが・・

【先生】
ぼくは第二外国語はドイツ語だったんですが、あるところからラテン系のものに興味をもってフランス語をやったんですが、文学などでもフランス語は面白いね。音楽などでも特に近世のものなんかは、いいと思いますね。
音楽でも、ドイツというのは古典主義の時代にはバッハからベートーベン、ブラームスまでまでは面白いとおもうが、ローマン派にはいってくると、ラテン系の、フランス系のドビッシーとかラベルとかからはじまっているんですが、そのへんにはゲルマン系のものを感じますね。

【生徒】
芸術など感性を必要とするものについてはラテン系のほうに感じるものがありますが、国というものに対する考え方、理屈とかいうものに対して、確固たるものを持っているのかと思うのですが・・・

【先生】
ラテンのフランスなんかは国と言うよりも、どうやって個人が生活を楽しむかという考え方があるようで、そういう意味でやはり国境というものを設定せざるをえなくなっていったんじゃないでしょうか。そういう考え方の仲間でまとまる、ということです。
そういう意味ではまとまるんだが、平和の時には、あのくらいまとまらない国はないんです。

ある人がこういうと、それに反対する意見を出すのが現われる。
だからドイツはフランスを軽蔑して、「あいつらはまとまらないんだからわれわれが立ち上がれば、いとも簡単にやっつけられる。マジノラインなんていうのもなんて事はない。簡単に越えられる」とヒトラーは豪語していたわけです。

しかしドイツのように統一されていることによって、形が成り立っているところは、一つでも統一が欠けた場合崩れるというようなことがおこる。
統一の恐ろしさは、一つでもその条件が欠けたとき崩れるということが起こるんです。

ところがフランスのように雑多なところでは、一つ欠けようが、二つ欠けようが、蛸みたいなもんでへっちゃらなんです
ドイツは鮫みたい感じです。そういう国同士が隣あわせでいるところがヨーロッパ社会の面白いところですね。

昔から、古代末時代から、ローマからこっち側にラテン系のローマ帝国というのがあったんだが、その境は欝蒼とした森林帯でね、野蛮人のゴールという民族が、毛皮の着物を着ていたのが今のフランス人になった。
だからドイツ人は、フランスが今、恋だの何だのなんて言ったって、昔はゴール人じゃねえか、カイザーが最も恐れたのはわれわれアーリアである、なんて思ってるんだ。

【生徒】
一丁目のドイツはT君だな。

【T君】
いや一丁目にきたからドイツ人になったんだ。

【生徒】
村八分を楽しんでるんだ。孤立を楽しんでるんだ。

【先生】
いや、市民社会というのは、そういう人たちがいることが必要なんだよ。
はっきり言うと、日本の市民社会というのは村からだけ発達しちゃってるんだよ。

*
都市と市民

ところが本当の市民社会はどういうものかというと、「どうあってもこれだけは譲れない」というものを持っているもんだ。そして、それを守っていく。右だろうと左だろうと・・・・・
そういうものを含めて生きているのが「都市」なんです

日本の「都市」というのは、東京でも京都でも、村落がそのまま大きくなって都市になったというのにすぎないものなんだ。
本当の意味での「都市」、ドイツ語で「ブルク」というのがあるんだが、それは城を意味しているんだ。
その城のなかに生きていくということはなんなのか、というと、その城の周りは敵。
だからその中においては規律が必要だが、その規律の仕方というのが、敵と戦うときだけ団結すれば、後はどうでもいい、という考え方がある。

しかし日本においては、城という考え方でいくと城壁もなく、ただ広がっちゃっただけで、そこでは村長がこうやりましょうなんていうと、みんなが「ハハー」なんていう感じ・・

【生徒】
松戸と似てますね。

【先生】
いい例だ。要するに城下町というものにしても、武家社会ということで城が存在しているに過ぎない。

【生徒】
日本の都市は量が違うだけで、むこうとは質が違うんですね。

【先生】
ただ本当の市民社会は、悪政者の出現によって目が覚めるんだが、ほんとにひどい「大名」というのは日本にはいなかったんだ。だから市民社会が出来ないんだ。

【生徒】
そういえば、日本には民衆への残虐非道の圧制者っていなかったかもしれませんね。織田信長だって、比叡山焼き討ちは坊主だけに対してで・・・

【先生】
だから京都なんかにおいても、町衆というものも、そんなにたいしたもんではない。
そういう点からは、西洋的な感覚を持っていた町衆というのは「」ですよ。
だから、松戸が今後見習うんなら、堺のような自治組織、千葉県のなかでも憎まれっ子で、中央に対しても「中央なにするものぞ」というとしなることもいいんじゃないかな。
町衆」というものの研究も面白いよ。利久もそうですね。

【生徒】
でも堺も経済力があったからそうできたんじゃないですか。

*
四  神

【先生】
そう。ただ何処でどうするかということについて考えると、今は量の時代で、金を持っているということを現在量として考えているが、質ということで考えるとまるでちがってくる。
だから、お金を持っている、ということでただ満足するんでなく、それを活性化することで何倍にすることもできる。
とにかく市民層がからへの変化しなければいけないないときじゃないかな

さっきの山車・「四神けん」なんかもそうだよ。
四神けんの起源についていえば、天武天皇の御即位のときにさかのぼるんだ。しかし、それは細々とやっている神社に残っているんです。
四神けんが民衆の祭礼のなかにおいては活性化されていないんです。
室町以後、どうも四神けんがうごいている様子がない。
京都の祇園なんかでも四神けんがない。

【生徒】
船橋の大神宮に聞いても四神けんを知らないっていうんです。四神復活顛末記

【生徒】
四神けんのけんというのは剣ですか。

【先生】
ちがう。「けん」は旗の意味なんです。絹の意味です。市民の祭りに入って来るのは江戸になってからですが、昔は宮廷のものだったんです。

【生徒】
しかし松戸神社に残っていたというのはどういう意味ですか。

【先生】
あれは国家管理的な中では使えなかったんだ
官弊大社的な中では使えなかったんだ。畏れおおいから・・・・

でも民衆の神社はつかえたんです。
それで民衆の祭が使いだしたわけです。格式のあるところはつかえなかったんだ。

松戸神社は官幣大社でなかったから使えたんです
。大嘗会なんかに使うもので、畏れおおいものだったんだ。
たいしたものだから、これからこしらえるなんていったら大変なものだ。
せっかくあるんだから大事にしなさいよ。

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平成元年11月24日  第六回例会

(前段略)
高村光太郎についての話から

【先生】
・・・・・人間には頑固さも必要です。ヨーロッパ人には頑固さがあります。思想家 であろうが、芸術家であろうが、職人だろうが、みんな頑固なんだ。
だからそこで起こった論争は次の段階に上がっていくことが予想できる。
アウフヘーベン(《独語》止揚・論争が次の段階に上がっていく意)が予想できるんだが・・
日本にはそのアウフヘーベンがないんだ
いいかげんだから。
本当の論争がない。
銭になればいいんだから・・心にもないことを勝手に言うんだよ。だから日本人がだめだというわけではないんだが・・・。

だがヨーロッパ社会には、ヨーロッパ人の「ことに固執するがゆえに起こる悲喜劇」があるんだ。今の経済現象も非常にそれに近いところがある。日本人の自由はカジュアルな(略式の)、世界の流動性の中で、変に活性化されてしまった自由なんだ。

*
日 本 人

【生徒】
日本人は思想や神道の戒律の上から、これはやってはいけない、ということを教わったことがありません。
皇室や神道の教義などもないと思うんですが・・それでいて天皇家が二千数百年も続いているということが、どうもわからないんです。

【先生】
日本は大陸とは違い列島で、異民族が入ってこないんだ。

ところが大陸、たとえば朝鮮には、いろいろな民族が入ってきている。中国も、モンゴルも・・・・そして蹂躙されてきたので、多分に防衛本能がある。だから「アイデンティティー」というものを常に持つんだ。

中国人に痛め付けられ、中国が去ったかと思えば今度は日本人だろ。彼らにいわせれば、日本は元は似たようのもので、むしろ自分等の文化のほうが高かったというが、近代の歴史の経過の中では停滞していた。中国も同じだが・・・

日本はヨーロッパの文明を取り入れて、よくそれをこねくり回して、明治維新、第一次大戦を経過し、そして第二次大戦でアッパーカットを食らってダウンした。が、また立ち上がった。
彼らの持っているものと我々との違いは、我々が「単一民族」であるということなんだ。「種の保存」(ダーウィン的な淘汰論・淘汰される、されない)の中で考えると、日本というのは淘汰という経験なく種保存をしてきたんだ

【生徒】
そういえば日本民族が他民族との生存競争をやったということについては聞いたことがなかったなあ。

【先生】
外国人は、日本というのは 「地球上で最も災害の少なかった不思議な国」 と言うんだ。
行ったり来たり、やったりやられたり、というヨーロッパ社会から見れば、そうしたことをしたことのない人間の持っている種保存に不気味さを感じているんだ。

その代表が天皇家だ。
全くの無抵抗で長く続いているんだ
摂関政治の時も利用されっぱなしで、鎌倉時代でも同じようで、足利になればもっとひどくて、食い料だってもらえなかったくらいだった。

戦国になってどうやら京都に来て、織田・秀吉などが「天皇さんをいかに味方につけて号令するか」ということが旗印になった。
家康は公武合体的な論を持っていて、なるべく自分のところの娘なりをやって、姻戚関係をつくる。まあ摂関政治と同じことを考えた。
そうしたなかで天皇家というのは決して何々しろとは言わない。権力も持たない。言われた通りにする。

【生徒】
そこで日本人にとって一番大事なのは生物としてとにかく生き延びる、種を続ける、ということが天皇家を通じて我々の中にもあるんではないかと思うんですが・・

【生徒】
ああしろこうしろ、と言ったら責任取らされるからね。

【生徒】
だから日本人としては、アメーバー的に暮らしたほうが一番幸せではないかって思うときもあるんですが。
宮間さんみたいに・・・・
ぶったぎられたって死なない。

【先生】
しかし、これだけ「市民社会」が意識化されてくれば、そういうことをしていただけではだめなんだ。
気にしないのはそれでいいが、意識した者は、それでは物足りなくなるんだ。
それは大事なことなんだ。ぶった切られても生き延びるのも人間なら、ぶった切られることをガードすることも人間なんだ。

【生徒】
太った豚か、痩せたソクラテスか

【先生】
ヨーロッパ人はそういうものを常に持っていた。だから相手を抹殺もした。
我々は抹殺することもなければ、抹殺されることもなく来た。

【T君】
芯がしっかりしていないということですか。

【生徒】
さすが、一丁目のドイツ人、T君だ。(一同感心する)

*
ベルリンの壁

【先生】
今日はヨーロッパのベルリンの壁の問題について話しましょう。

「ベルリンの壁が壊された。今後どういうことが起こってくるか」ということなんだ。

第二次大戦でドイツが敗れたあと、東西の冷戦も関係して、あの人工的な壁が出来上がった。それがいよいよ壊れたんだから冷戦の終了宣言もしようじゃないか、という空気も出てきた。
けれども実は、これから大変大きな問題が出てくると予想されるのです。

ドイツは自由主義陣営と共産主義陣営とで西と東に別れたんだが、ベルリンは東ドイ ツの中の孤立した島のようなもので、東西陣営の縮図です。
そこで諸矛盾が起こった。
壁が壊される前から東から西への流出はあった、といわれていました。壁が壊された今、流出と同時のまた東に戻るのもいるが、自由主義経済圏と社会主義経済圏との生活水準の違いは非常に大きい。だから西になだれこんでいくのは当たり前です。

前大戦後、西ドイツも日本同様、その主力であった工業生産の基礎を徹底的につぶされた。工場も、技術者も。
そして全部つぶれたあと、再び生産を始める時、ある程度のグレードの仕事は、テクノクラートとして、ドイツ人がやったのが、ダーティーな仕事はドイツ人でやるものがいなくなった。(日本も同じように再出発したのだが)

ただ日本と違う点は農村の構造で、日本のように、たとえば東北の農村の連中がダーティーな部分をやるということがなかったんです。
そのためドイツ政府はまずトルコ人をつかった。
それからバルカンにいた連中に仕事を与える。そこから出発した。

要するにダーティーな部分は移民に支えれられて出発したんだ。
ところがドイツ産業が復興して、今から10年前ぐらいからだったと思うが、いろいろな矛盾が出てきた。

ドイツ人で職業のないのがでてきた。
移民の中で能力のある奴がダーティーな部分の仕事だけでなく、ひとつ上の職種に食い込んできた
その結果、ドイツ人の若者がその職場に入れなくなってくる、という事態がおきてきた。

これを一体どうするか。
その頃から、とにかく彼ら移民に一旦国に帰ってもらおう、という運動が起きた。たくさんの退職金を渡す、ということで。しかし彼らはもう戻れない。自分達を保証してくれる国を、ものを持たない人達なんだ。

そこでいろいろなトラブルが起きる。
それがここ10年ぐらい、生産力にいろいろな影響を及ぼすようになってきた。日本とドイツの産業の競合の中から、日本がドイツを抜きはじめた時、それはその諸矛盾が出てきた時だったんだ。
そういう経過の中で、今回ベルリンの壁が破られた。
東ドイツから流入してくるドイツ人にも同じように、「食うための職業」を一体どう与えていったらいいか、という問題が出てくるんだ。

統一しようがしまいが、彼ら移民を追い出さなければ、「ドイツ人」が食えなくなってきている。そのままいったら、「ドイツ人が食えないのはそいつら(他民族)がいるからだ」と他民族に対して、再び迫害が起こる。


ドイツ人とユダヤ人

ここで何が起こる恐れがあるかというと、第三次大戦だ。フランスやイギリスは東西が統一をすることで、また「世界に冠たるドイツ」が始まるんじゃないだろうか、と思っている。

またそこで人種差別問題が起こる。異民族迫害がまた起こる。
第一次大戦から第二次大戦にかけてのユダヤ人迫害と同じなんだ。その当時もナチ・ヒットラーというより「経済的問題」も理由だったんだ。
我々はその原因を隠蔽されてきた。

ナチスはヨーロッパのキリスト教社会の中で、「ユダヤ人は『神にそむいた、神の恩寵にあずかってはならない人間』だから、それを抹殺しなければならない」、ということでやったんだが、それはナチだけがやったのではない。
ドイツ人自体のなかにある、ルター以来のテーゼを忠実に実行するということで、ドイツ国民全体でやったといっていいと思うのです。
それを最も忠実にやった見本がアウシュビッツです。

ナチだけではなかった、という証明が、ニュールンベルグ裁判のフィルムの中などでも出てくる。昔、私の先輩が教えてくれた。

「君達はニュールンベルグ裁判の映画を見たか。戦後アウシュビッツに連合軍が入ったとき、女性も含めた看守達があれだけユダヤ人を殺した連中が、あれだけのカメラの砲列のなかで、日本人の感覚だったら到底うつむかずにはいられないのが、かれら は昂然として胸を張って写っている。これがわかるか?」と言われた。

なぜか?

「ユダヤ人を殺すことが、彼らにとって神への忠誠なんだ。ユダヤ人をひとりでも多く殺すことが、キリスト教徒としてのもっとも忠誠の証と考えていたんだろうと思う。だから、彼らには悪気なんかぜんぜんない。ユダヤ人虐殺はナチズムだけではないんだ。君達はヨーロッパ社会のメカニズムというものを、短絡的に考えてはだめだよ。我々の考えているより、もっと複雑な世界構造の中にいるから、我々の善悪の判断でできるものではない」

     参照 ローマ・キリスト教年表

そして東京裁判についても、こんなことを言っていた。
「アメリカが東京裁判をやっている。あのなかでいろいろな問題がある。
我々も『盗っ人の三分の理』を言うわけではないが、これは五分五分だ。これを『勝者の論理で裁く』ということは、やがて、十数年も経ったら、正しいかどうかわかるだろう。
東京裁判の時、パル、というインドの判事が出した裁判記録があるから、これはぜひ読まなければいけない。これは大東亜戦争を肯定するとか、否定するとかという、いわゆるイデオロギーというものではなくて、人間の尊厳として、生きていくということは一体何なのか、ということについてであって、今まで君達が言われてきたことは、かなりおかしいということがわかるよ」と言われた。

僕等もそれでいろいろなことを調べだすと、だんだんわかってきた。
今度の問題だが、が壊されているシーンを見ている時に、「今、彼らは喜んで抱き合っているが、いつか『しまった』、と思うようになるのではないか」ということなんだ。
なぜかといったら、今は一緒になれたということで、抱き合って感激しているのだが、今後の「食っていく」という形而下的な問題がどこかにいってしまっている。
現実の、シビアな、「食っていく」という問題があるんだ。

西の連中は今必死なんだ。本来は受け入れる体制を作っておかなければいけないんだが、それができない。
東の「ドイツ人」にも食わせると言うんなら、今まで食っていたトルコ人達に対して、「我々は世界に冠たるドイツだ。おまえ達はとにかくもう帰れよ」ということになる。しかしそうすると、自由陣営だけでなく、共産陣営の連中までが、移民達をガードをする。
彼らが帰れってくれば自分達の国の経済がまた破綻するんだ。

そこで第三次が起こる可能性が出てくるんだ。
そこまでいかないうちに手を打たなければならんだろう、と僕等は思っている。が、少なくとも今のヨーロッパの雪崩現象の中で起こっているものが、三年後ぐらいには火を噴く可能性がある。今のような状態を野放しにしていれば・・
共産主義的なものが社会主義的のものに戻った。それみろ、なんていう短絡的な考え方だけではだめなんだ。

別の例で言えば、今共産主義中国は人口十二億ぐらいいるんだが、これが今の日本人 と同じ水準の生活をしたら、地球は一ヵ月で破産する。
食料問題・電力問題だけで・・ だからイデオロギーの中だけの問題で、共産主義が社会主義に戻るということに両手を挙げて喜んでいていいのか、ということも考えなければいけない。

グローバルな世界の中でものを考えると、今起こっていることも喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
昔のように「日本は東の果て・極東で、ヨーロッパで何が起ころうと関係ない」、なんて言っていた時代はよかったが、今は何かが起こった時には「ドミノ現象」が起こる。
連鎖の影響が起こる時代だ。だから我々はもう一度歴史現象の分析をしなおして、複雑な未来方程式に現在の関数・変数を入れて検討し、許容できるところ、踏みこえてはいけないところを考えなければいけない。

そうした考え方のも何人かいるんだが、NHKなんかの討論会の時、そうしたのが一人ぐらい出て、こんな問題を考えずに我々は本当に喜べるんだろうか。マスコミも現象をただ現象として見せるだけでいいんだろうか、とやればいいんだ。
マスコミも単に情緒的報道をするだけでいいんだろうか、などを知らせる必要もある。

*
教育について

【生徒】松戸の中でもモメごとがあった時に、仲裁に乗り出す旦那がいなくなったように、ヨーロッパにもかつての列強のような旦那の存在が無くなったような気がしますが。

【先生】
それは、前大戦において「戦争の逆淘汰」がもろに出てきてしまった結果なんだ。
つまりいい奴はみんな死んじゃった、ということだ。枢軸側でも、自由陣営といわれた中でも・・・・・

そして今育っている連中もいい奴に育てられていない「だめな奴」なんだ
これはもはや決定的な問題なんだ。
ダーウィンの淘汰論で言えば、世代の交代においても、活性できるやつが残る、というテーゼがあるが、それは人間については、教育ということなしには考えられない。次の世代は教育の中から出てくるんだ。

教育の荒廃はヨーロッパ社会でも、アメリカ社会でも同じだが、まだドイツは「俺のところは俺のところの教育原理がある」と言っている。
たしかにカント以来の哲学者はいる、音楽家はいる。そして、アメリカにどう言われても、ギムナジウムという「教育システム」を崩さなかった。指導者のいい奴は、第二次大戦でほとんど死んでしまったが・・

ところが日本の場合は、いい奴が死んでしまったと同時にシステムもだめにしてしまった
ダブルパンチなんだ。我々もそろそろ教育について、日教組がいいとか悪いとか言うことではなく、もう一度徹底的に何か考え直さないと、どうしようもなくなってくるだろう。我々の子供、孫だな。といって教育勅語を復活するわけにもいかない。

もう一度人間の、いい部分と悪い部分を教えていく。
人間は子供のうちはいい部分を教えていっても、だんだん悪くなっていくにに決まっているんだが、子供のうちから悪い部分についても教えていく。教わらなかった、なんて言ってもそれは自分の無知をさらけ出すだけだ。
教わらなかったなんて言う奴にろくな奴はいない。人間に対する不信感が出てくるだけだ。
それが「食えない奴が他民族を疎外する」、なんていう考え方になっていく。

フランスという国は個人の尊厳を大事にしているから、形としてなかなか固まらない。
豆腐で言えばニガリが入っていない状態だ。何時もどろどろしている感じで固まっていない。一人一人が固まらないというところがフランスのいいところだ。

ところが、日本やドイツは、固まらないと人間ではないような感じを持っている。だから、その「ドイツ民族の固まり」に食わせるためには、違う奴(民族)を抹殺しなければならない、と考えるようになる。

今回「東西に壁が取り払らわれ、そのあと、これからどうなるか」という問題の見据え方だが、やはり東独は東独でいろいろな問題を持っているし、生活水準を上げるのはいいことなんだけど、みんながみんな「同じように食っていく」ということ、生活水準を上げてしまうということがいいかどうか・・・

これは中国でも同じことを考えているんだ。毛沢東も、農民の生活向上を大切にしていたようだが、ある部分ではまだそのままの水準で押さえておきたい、という気持ちもあった。今の指導部も、日本みたいな生活をさせたら中国はすぐに無くなる、ということを知ってるんだ。ソ連も知ってるんだ。
ペレストロイカが完全に行なわれた場合、うっかりするとその国を一ヵ月で食い潰す可能性を・・・・・

ところが日本は別格だ。こういうコンパクトな国土の中で、車がひしめきあい、情報が溢れている。そうしたなかで、世界のターゲットが東京に集中し始めている。
東京には入ってくるのも早いが出るのも早い。その点では香港とか、ベイルートとかが持っていた機能をいまや東京が持ってしまっている。今や日本は地球の中でのクロスポイントだ。

欧米人は東京に災害がくる可能性についても考えている。だから東京だけに集中させていない。
あそこがつぶれても、平気なようにしている。
日本人は、大阪、札幌にさえそういうものを分散しておくという考え方は持っていない。
これは非常に危険な考え方だ。
むこうの奴は東京は One of them として利用している。
そこに非常に高度な設備投資をして、フロアやルームなどは買うが、そこだけにしない。

今度のようにいろいろに世界が回転しだしたときに、日本の持つ使命と限界が、おの ずから出てくる。
この前、ベルリンの壁が早晩つぶれる、という予言をしたんだが、あれはあの頃の情勢を見ればわかることなんだ。そしてあれが開かれちゃったら、次の大変な問題が起きる。これも言っておくよ。

俺だってインフォーメーションについては、あなたがたとあまり違わないんだが、現象についてあなたがたと少し違う読み方をするのは歴史意識だ。
人間がとった行動パターンがつぎは何を引き起こすか、どうなるかと、歴史的に判断するわけだ。
人間のやることは古来あまり変わってないから・・

*
民族問題

【生徒】
東西ドイツの統一はありますか。 

【先生】
東ドイツと西ドイツが国自体を一緒にするということはまだやらないだろう。将来のターゲットとしてはあることはきまってるがね。「世界に冠たるドイツ民族」としてね。でもイデオロギーとしてはまだだ。

東独の持っている問題は、その周辺の国々、上にいけばバルト三国とか、一番問題なチェコとか、ハンガリーとか、ああいった民族的に違う連中と共存しようというのか、それともそれぞれ民族自決でいこうかということ。かつてはイデオロギーが同じで、モスクワの指令でやってたんだが。いままで一番自由であったところが一番保守的になったんだ。

モスクワの連中もペレストロイカを採ろうが採るまいが、いまや自由主義だとか、社会主義とか共産主義とかいうイデオロギーが、一体どんな意味を持っているのか、ということを考え始めてきたんだ。
したがって、かつての「冷戦」なんていうものが、いまや終止符を打たれようというところにきているんだ。
すると今度は次に何が出てくるか。
民族問題」なんだ。

【生徒】それじゃまた元の、大戦前に戻る感じだ。

【先生】
そう。かつてのバルカンの問題がまた元へもどって出てくることになる。
イデオロギーはそろそろ消えかかっている。また民族問題だ。
またスラブか、ゲルマンかという民族の問題になってくるんだ。

【生徒】子供の頃、ナチはユダヤ人というだけであれだけ殺したという意味がさっぱりわからなかったんです。なぜ民族ということがそんなに問題なのか。

【先生】
第一次大戦の時のレンテンマルクの引き金を引いたのも、実はユダヤ人だった。
ユダヤ人は莫大に利益を手にした。それに対する怨念が周辺にあった。
それに火をつけたのがヒットラーだ。先ほども言ったがそこには経済現象的な問題が多分にあった。

*
ナチズム

【生徒】
ドイツ民族をまとめるための牲(いけにえ)ということではないんですか。

【先生】
そうではなく、それは結果として出てくるだけの話です。
ナチズムの中で一番おもしろいのは、まずドイツの知識人の女性が、ヒットラーにのめっていく、というところから始まっていくことなんだ。
女性が権力者と結んだときが一番危ない、といういい例です。
これも覚えていたほうがいい。これからも俺達の周りでも起こりうる可能性がある。

知識人の女ほどあてにならないものはいない
ナチは、まず国民に「食わせる」という事で人気を得た。
当時の悪性インフレの中で、札束を持っていっても、パン一個買えない、という中で、ヒットラーは「中流階級というプライドを持った女連中」に、あなた達の子供さんには制服を与えます。規律も教えます、とやった。
そこで「亭主はあてにならないが、ヒットラーは頼りになる」ということになった。
男はヒットラーに対しては非常に懐疑的だったんだ。すこしおかしいよと・・・

ところが女性は、まず形而下的なところからはじまる。
ヒトラーユーゲントに入れば、何でもやってくれるというところで熱狂的になっていった。

【生徒】
女に持てる政治家は危ないんだな。宮間さんはどうかな・・・・・

【先生】
今ヒットラー研究の本がいっぱい出ているんだが、そうした教訓からも読んでおいたほうがいいよ。またその繰り返しが起こってくる可能性があるから。
俺がミュンヘンに行った今から二十年も前に、ビアホールで「世界に冠たるドイツ」を歌って、「また日本と組んでやろうじないか」、なんて言ってたんだからね。
「日本は軍備を捨てたんだ」なんて言っても、「ボクシングと同じで一回ぐらいダウンを食らってもグローブをはずすことはない」、なんていうんだ。それをあんたたちはなんだ、なんてね。

【T君】
あしたのジョーみたいですね(一同感心する)

*

先進国と後進国

【生徒】先進国と後進国の問題も深刻ですね

【先生】
深刻ですよ。我々は先に進んでいるのを先進、という言い方をするね。昔の文化人類学では、後進国を野蛮人(バーバリアン)といった。蛮族と。
蛮族に対して文明人と言った。
そういう分け方をしたんだが、どこで文明人と野蛮人を分けるかという問題がある。第二次大戦を契機として反省がおこった。
進んでいるやつは野蛮人よりも非業法的な殺りくを犯しているじゃないか。野蛮人のほうが、合理的な生活をおくっているじゃないか。だからもう野蛮人という言い方を止めよう、ということになった。
それで、「後進国」という言い方にしたんだ。
「先進といっても、本当に進んでるの」という考え方も俺達には出てきたんだが・・

先進後進で今問題になっているのはアフリカだ。
かつては白人が支配の支配地が独立したんだが、「部族国家」のような形で成立して いる。国だけはやたらとできているんだが、国際会議に出てきても、国としての体裁を持っていない。

【生徒】
選挙の形だけは取っているが選挙になってないなんてはなしも聞きますね。選挙の度に死人が出て、またそれが当たり前だなんて。

【先生】
(アフリカについては)それ以前の問題だ。
その国がまたさらに細かくなり、ますます部族国家のようになっている。
そうなると、今度はその連中が、国際的な体面だけではなく、自分達が「いかに食っていくか」ということで、闘争を始める。ただ昔は槍と弓だったのが、現在は近代兵器を持ってしまった。
それがえらいことになるんだ。

【生徒】
文化とか文明なんてものは、無理して教えなくてもいいことを教えるようなもんですね。

【先生】
死の商人が一番儲かることになるんだ。
だから今一番心配しなければいけないことは、「経済的に落ち目になったアメリカ」が、いかにそうした問題に介在してくるか、という事だ。一番怖いことだ。

ドイツ人自身は賢明だけれど、周辺の国家間における「バランス オブ パワー」の中で考えるとなんとも言えない。
「追い返されたのか。よし、それなら武器を貸与してやる」なんてね・・
これからどうなっていくか、という事を見ていかなきゃいけないところです。

そういうわけで、今あれだけ(ベルリンの壁で)熱狂しているけども、ただ手放しで喜べない部分が俺達にはあるんだよ。
異民族を追い出す問題も「合法的」にやっていければいいが、合法でやっていけなくなってくる場合が出てくる。そのときが怖いんだ。
身内同士が共存して食えていけるうちはいいんだが、ヨーロッパの権利社会では、一旦取った既得権で共存しない。
日本の農業社会のようにみんなで食っちゃおう、とにかく食っていこうよという、いい意味でのいいかげんさがない

*
今後の問題

【生徒】
大戦争の起きる可能性はありますか。

【先生】
ミサイルの機能化の問題だ。みんなで切っていこうといってるんだが、何かによって誘発を起こすかどうかわからない。現代の今のほうがずっと危険性は高い。

【T君】
間違いだったとはいえませんね。(一同感心する)

【先生】
局地戦だったものから拡大する率は前大戦の比ではない。セビリアで起こった第一次大戦の因果律が、第二次大戦の場合にはもっとスピードが早くなった。第三次はさらにもっと早くなる。

だから、そういう「火種」をなるべく作らない、ということなんだが、イデオロギーが火種になるということはだんだん消えてきた
かつてはイデオロギーから何かが起こるんじゃないかと、アメリカも朝鮮戦争に始まり、ヴェトナム、イラク・イランと手を出したんだが、いまやイデオロギーは問題ではなくなってきている。冷戦には終了宣言が出された。

次は民族意識の中で「食うか、食えないか」という「Job」の問題になってくるんだ。

【生徒】
ソ連が弱くなってくるという事は、いよいよ日米決戦の様相を呈してくる、という見方もあるようですが。

【先生】
アメリカとソ連の共通理解として、「究極的に自分達だけは生き残る」という黙約があるからね。ほかの奴はつぶれても残るのは我々だけだという・・・
表面喧嘩しているというのは本当はそうでないという事なんだ。日本ほどアメリカと仲のいいような関係にあるという事は、別に言えば一番危ない、といこともある。

【生徒】
アメリカの軍隊は、メキシコ、カナダ、イギリスとは絶対に戦争しないにもかかわらず、対メキシコ、対カナダ、対イギリスとの戦闘作戦だけは想定しているようですが、日本の場合は対ソ連だけで、アメリカと戦闘する想定は全くしていないそうで、その意味で自衛隊でなく「米衛隊」だという事を読んだのですが・・

【先生】
その通りだ。そして、その第一歩はミズリー号の降伏調印から始まっているんだ。
アメリカにとって日本との外交の成文化されたものは、女との約束みたいなもんで、どうなっていいと思っている
アメリカが、本当に握手していい、と思っているのはヨーロッパ社会なんだ

日本はほんとに律義者で、そうした約束をしっかり守っている。
戦後の宰相のなかで、そうしたアメリカを理解をしていたのが吉田茂、そしてその次が田中角栄。
アメリカに引っかけられた宰相達がやたらに多いなかで、田中角栄は吉田についで反骨・反アメリカ的なテーゼを持っていた。それだからまたロッキードで引っかけられたんだ。
そういう点を我々がもう一度考え直してみると、ソ連とアメリカを考えた自衛隊でなければいけないと思っているんだ。

我々はこんな開かれたインフォーメーションの中にいるようでいて、実は狭い、「閉ざされた言語空間」のなかにいる、ということを考えなければいけない。我々は新聞についても、朝日、読売、毎日、日経だけじゃなく赤旗も、人民日報も、プラウダも、フィガロも、ワシントンポストも、ロンドンタイムズも読まなきゃだめだ。

俺達はそんな事を教わらなかったというんではだめなんだ。今知ることができるにもかかわらず、閉ざされたインフォーメーションの中だけでものを判断するのがいかに危険か、ということさ。

【T君】
松戸市の広報だけを読んで信用しているみたいなもんですね。(一同感心する)

【先生】
皆さんがたはまだまっちょうなんだが、まっちょうな連中だけではないからね。
まあ、年でも明ければ世界はまた変わると思いますよ。恐ろしいスピードで・・・・・・・

【生徒】
今の世界の情勢の中で、共産主義敗北の中でくやしい思いをしている連中もいるんでしょうね。それが誰だかはわからないんですが。

【先生】
ソ連、また中国でも同じと思うんだが、表に出ていない連中、そうした連中が不本意に思っているでしょうね。ペレストロイカについても・・・

歴史というのは、舞台の上で所作をしているのはやがて消えていく。次に出てくるのは誰か、何時どこで出てくるか、を考えておく必要がある。誰だとはっきりとは指摘はできないが・・・

中国においても、あのがんじがらめのような登小平政権の政権の機構の中での熾烈な覇権抗争。そのなかで登小平を批判していた奴も沢山いたんです。しかしそれらは出てこない。それらが表に出てくるときに中国は変わると思います。
ロシアもツァーを倒して革命が起こり、スターリンが出てきた。しかし、トロツキーは中国の林彪などと同様に、それ以前に抹殺され、歴史の主役として登場しないで消えていった。
現体制に対してアンチの立場のものはかならずいる、と考えることが大事なんだ。それが機に乗じて出るか、消えていくか・・・

【生徒】
このあいだの市長選挙みたいなもんだ。(一同笑)


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